板東三十三観音 home

比較と欲望と恐怖から逃れるには、感謝の情を身につければ良い

観音巡礼目次へ

07-kamakura.jpg (40166 バイト)

板東観音巡礼の起源は鎌倉幕府成立と共にある

 

鎌倉鶴岡八幡宮

 

 

歴史は崩壊と再生を繰り返す。由緒ある大銀杏も倒れるときが来た・・・・・が既に新たな芽生えがある!

 

八幡宮では今日も新たな家庭が生まれた。

老生には羨ましい限りである。

 

坂東33観音霊場第一番 杉本寺

 

第16番 水澤寺

寺域は広く伽藍も絢爛豪華である

巡礼の折り返しなので載せた

 

第21番 日輪寺

 坂東観音霊場は地域が広範で趣も多彩だ。交通便利なところも不便な処もある。豪華絢爛な寺も質素な寺もある。

 日輪寺は茨城県の八溝山頂近く、福島県境に在って、とにかく不便で嶮岨なところである。住職さんも常時は居られない。

 

33番 那古寺本坊

 観音堂は境内高台にあり、敷地は狭いが七堂伽藍を備え、結願寺に相応しい風格を備えた寺である。

 

 

 

 坂東33観音霊場結願寺は、千葉県館山市にあり、三浦半島の鎌倉は館山の対岸である。鎌倉時代から、三浦半島と房総半島には航路が開かれ、船舶の往来が有ったと聞く。

 

第22番妙福山佐竹寺

 寺社は国民にとって貴重な文化財である!それにも関わらず、狼藉を働く御仁は後を絶たない。内も外もありとあらゆる処、古い物から最近の物まで、千社札の貼り放題!

 

 

坂東33観音霊場

 

秩父三十四観音板東三十三観音漢詩四国八十八霊場七福神先頭へ戻る八百万の神々填詞仏教神道キリスト教ユダヤ教イスラム教

宗教の基本概念はこちらこちらに掲載されています

 

板東33観音巡礼

第1章 概説 第一番 杉本寺
1−一神教 第二番 岩殿寺
2−多神教 第三番 安養院
3−仏教 第四番 長谷寺
4−本地垂迹 第五番 勝福院
5−末法思想 第六番 長谷寺
6−反本地垂迹 第七番 光明寺
7−神仏習合 第八番 星谷寺
8−神祇信仰 第九番 慈光寺
9−神仏分離 第十番 正法寺
10−色即是空 第十一番 安楽寺
11−形而上者謂之道 第十二番 慈恩寺
12−視点を換えて 第十三番 浅草寺
13−釈迦 第十四番 弘明寺
14−板東観音霊場 第十五番 長谷
第2章 観音経 第十六番 水沢寺
   妙法蓮華経観世音菩薩 第十七番 満願寺
第3章 御詠歌 第十八番 中善寺
   板東33観音御真言と御詠歌 第十九番 大谷寺
第二十番 西明寺
第廿一番 日輪寺
第廿二番 佐竹寺
第廿三番 観世音寺
第廿四番 楽法寺
第廿五番 知足院
第廿六番 清滝寺
第廿七番 圓福寺
第廿八番 龍正院
観音経 第廿九番 千葉寺
第三十番 高蔵寺
般若心経 第卅一番 笠森寺
第卅二番 清水寺
編集後記 第卅三番 那古寺

 

 

秩父三十四観音板東三十三観音漢詩四国八十八霊場七福神先頭へ戻る八百万の神々填詞仏教神道キリスト教ユダヤ教イスラム教

 

 

  十句観音經
観世音。
南無佛。
與佛有因。
與佛有縁。
佛法僧縁。
常楽我浄。
朝念観世音。
暮念観世音。
念念従心起。
念念不離心。

 

秩父三十四観音板東三十三観音漢詩四国八十八霊場七福神先頭へ戻る八百万の神々填詞仏教神道キリスト教ユダヤ教イスラム教

 

 

  摩訶般若波羅蜜多心經
観自在菩薩。
行深般若波羅蜜多時。
照見五蘊皆空。
度一切苦厄。
舎利子。
色不異空。
空不異色。
色即是空。
空即是色。
受想行識。
亦復如是。
舎利子。
是諸法空相。
不生不滅。
不垢不浄。
不増不減。
是故空中無色。
無受想行識。
無眼耳鼻舌身意。
無色聲香味觸法。
無眼界。
乃至無意識界。
無無明。
亦無無明盡。
乃至無老死。
亦無老死盡。
無苦集滅道。
無智亦無得。
以無所得故。
菩提薩□。    □;土+垂;た
依般若波羅蜜多故。
心無○礙。    ○;四+土土;け
無○礙故。
無有恐怖。
遠離一切。
顛倒夢想。
究竟涅槃。
三世諸仏。
依般若波羅蜜多故。
得阿耨多羅三藐三菩提。
故知般若波羅蜜多。
是大神咒。
是大明咒。
是無上咒。
是無等等咒。
能除一切苦。
眞實不虚。
故説般若波羅蜜多咒。
即説咒曰。
羯諦羯諦。
波羅羯諦。
波羅僧羯諦。
菩提薩婆訶般若心經。

 

 

秩父三十四観音板東三十三観音漢詩四国八十八霊場七福神先頭へ戻る八百万の神々填詞仏教神道キリスト教ユダヤ教イスラム教

 

 

編集後記

 年齢を経るに従って徐々に世俗の柵から離れて行く。若い頃は衣食住のために寸暇を惜しむが、これから先の歳月の方が短い年齢になると、衣食の費用も余り必要でなくなり、住居も死ぬまで保てばよいとなれば、修理することも必要なくなる。

 漠然とした心の空白に襲われる。瀧に打たれて修行しようと真剣に思ったこともあった。信仰心とは無縁と思っていたが、平成十七年の晩春、観光気分で四国八十八ヶ寺を全部巡礼した。少しは気が収まった様な気もした??通算二百回も般若心経を唱えたが、家に帰ってきたら、見事に全部忘れてしまった。
 何れ機会を見て、再度四国には行ってみるつもりだが、取り敢えず板東三十三観音巡礼をしてみようと思いついた。書き出してみると、半分以上は観光で訪れた事がある寺院で有った。

 平成18年に再度、四国88ヶ寺巡礼を為した。傍目には随分と信仰心旺盛と看られるようだが、結果は一回目とほぼ同じ状況です。ただ道順は慣れた模様です。

 今度は、ちゃんと社殿に拝礼し、観音経を唱え納経帳に法印を頂いて、デジカメで写真を撮ってこのページを埋め尽くそう、と目標を立てた。

 

 

秩父三十四観音板東三十三観音漢詩四国八十八霊場七福神先頭へ戻る八百万の神々填詞仏教神道キリスト教ユダヤ教イスラム教

ページの先頭へ

Sight先頭へ

平成22年5月30日掲載